| 紀伊民報 2005年5月14日 |
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富田川衛生施設組合の視察に批判的な記事が掲載された。昔から「遊学」という言葉があり、有識者は「井の中の蛙(かわず)」になる事を嫌い、努めて旅に出、見聞を広めたものだ。実地に目で確かめ、知識ある人の話を聞く、時としては一献を傾けながらの議論から豊かな発想を学ぶこともあったろう。 |
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この日本人の学問の方程式が明治時代も戦後の昭和も時を経ず世界の列強入りを果たさせたのである。そして、この「遊学」の精神が敗戦国の経済難の家計の苦しい中で、修学旅行をいち早く復活させている。「百聞は一見に如かず」である。 |
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また、視察時間の短さと夕食のぜいたくさを追及されていたが、技術の専門家でもない限り、一日中勉強しても、大した知識は得られまい。それよりも、人間の持つ五感で体験した事を生かせばよい。専門家でない者は、それが一番大切な事であり、これによって、さらに良い物が出来上がっていく。 |
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夕食代の1万5000円だが、地方の小料理屋なら5000円で並、1万円も出せば上等の料理だろうが、場所は天下の京都である。大衆料理屋でない限り、並か並の上くらいの値であろう。田舎の町長や議員も、京料理の本場での料理を体験することも必要ではないか。ましてや白浜町長は観光地のトップである。上等の料理屋(この値段では並だろうが)で上等の料理の味を知ることも大切だと思う。 |
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自費で行け、という論もあるだろうが、彼らもみんなと同じ50代の家庭持ちである。 |
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